「サン・ジェルマンさんは教えてくれた」−パリ最終日/ブリュージュ1日目−
| ●再会と別れ パリ最後の夜が明けた。昨日の店で、作品を見せようかどうか迷った。散々迷った結果、見せに行くことにした。 チェックアウトして、スーツケースのキャスターをゴロゴロいわせながら西へ。メトロの階段では、重い荷物を持ち上げてフウフウ言いながら降りたり上ったりした。メトロに乗って二駅、マビヨン(Mabillon)で降りた。そこからサン・ジェルマン・デ・プレ教会はすぐである。教会前の粗く組まれた石畳は、スーツケースを転がすには不向きだ。 少し緊張していた。このあとのことを考えていた。ブリュージュ行きを遅らせてまで決行した作品売り込みなのだ。だが、その緊張も、教会に入ると次第にほぐれていった。 朱色とモスグリーンの柱。天井に描かれた無数の星々。奈良の古刹を訪れたときのような、ふうっと落ち着ける空間が広がる。二人で奥の内陣へ進む。足音とスーツケースを転がす音がひびきわたる。 サン・ジェルマンの木彫像は向かって左手にある。暖かい白熱灯の光につつまれて、立っていた。首を右にかしげ、右手を肩のあたりに上げて、手のひらをこちらに向けている。右肘を腋につけていて、しなっとした細面の風貌だ。右下を見下ろす視線にあうように移動する。 こちらを見ているようで、もっと遠くの方をみているような、うつろな目。右手をあげて、「ちょっと…まってね…」と、マイペースをくずさない、どこまでも自然体のサン・ジェルマン。 「やっぱ、もういいや。行こう!」 売りこんだところで、パリに住むわけじゃ無し。アドレスはわかったから、東京から手紙を書こう。今はもういいや。その時はそんな気分だった。サン・ジェルマン・デ・プレ教会に行ったことで、パリの旅にひと区切りがついてしまったようだ。コンサートが終わって明るくなった客席に残っていてもしかたがない。 ●ベルギーへ ベルギーへ向かう特急列車はパリ北駅から出ている。サン・ミシェル駅からパリ北駅(Gare du Nord)までは乗り換え無しだ。サン・ミシェルからはメトロとRERが出ているので、RERに乗ろうと思っていた。しかし、後で分かったのだが、メトロはSt.Michell駅、RERはSt.Michell-Notre Dameという別の駅だったらしい。地下に下りてから、どこかのホームを経由して、とんでもない距離を歩かされた。パリ北駅についてからも、地上に出るまでとんでもなく長かった。パリのメトロはどうも乗り継ぎの便がわるい。特急乗り場についた時はもう二人ともヘトヘトだった。しかも、たどり着いたちょうどその時、目の前で特急が出てしまって、1時間待たなければならない。どうもついてない。 北駅は、ヨーロッパの駅によくある、古いスパイ映画に出てくるような駅だ。駅の外観は荘厳なつくりで、構内はやたらにだたっ広く、大きなスーツケースをころがして、ご婦人や紳士が行き交う。 古い映画と違うのは、客のなかに派手なダウンジャケットを着た子供連れが多いのと、蒸気機関車ではなく最新鋭の特急列車TGVとタリス(Thalys)が停まっていることだ。Thalysはベルギー方面に向かう特急で、車体はTGVと共通らしい。乗った車両はTGVのものだった。 発車してしばらくの間、横浜−川崎間のような、少しくたびれて錆色になったビル群をすりぬけると、すぐに草原が広がる。ときどき、なだらかな丘に牛や馬が草を食んでいるのが見られる。 ブリュッセル駅は近代的な駅で、人気の少ない東京駅といった感覚だった。旅行者向けの案内所があり、ブリュージュ行き列車のプラットフォームと時間を確認。少し時間が空いているが、ゆっくり食事をとるほどの時間はない。売店でおいしそうなサンドイッチを買って、列車に乗り込んだ。車内は異常に静かだった。二等車でもシートが大きくて座りごこちがいい。向かいに座っているおねえさんは本を読んでいる。平日昼間の車内はしーんとしている。もちろん、通勤客などはいない。 途中、ガン(Gent)に停まった。中世以来、ブリュージュのライバルだった街Gentは、フランス語ではガン、オランダ語ではヘントという。工業に力を入れているのか、近代的なビルが多い。でもよく見ると教会の尖塔が見える。歴史的な建造物も多く残っているそうだ。 すぐに発車して、またしばらく牧草地帯。ベルギーは降水量が多い、とガイドブックにあった。そういえばフランスの乾燥した草地は消え、かわりに湿地帯が増えてきた。弱々しい冬の陽射しが、水たまりに反射している。ほとんど揺れの無い快適な列車の旅はすぐに終わった。とうとうブリュージュについた。 ●ブリュージュ初対面、言葉を失う二人 ブリュージュ駅は、予想以上に大きな駅だった。大きいと言っても、東京近郊のベッドタウンにあるような規模の駅だ。外は寒い、というより冷たい。パリよりもかなり北へ移動したせいだろうか。 古いレンガが時代を感じさせる建物を通りすぎた。中世そのままの生活をしているという、ベギン会修道院なのだろう。マルクト広場はどこかな。と思っているうちに、視界が開けた。二人はだまっていた。運転手のおじさんが「マルクトだよ」と言ってくれなかったら、そのまま終点まで乗っていたかもしれない。 黙っていたのは、疲れていたせいもあるが、言葉が出なかった、というほうが正しい。目の前に広がるブリュージュの街並、マルクト広場の建物が、信じられない光景だったからだ。中世の時代から完全に時を止めた、見事な建築。「ディズニーランドみたい」と思ってしまうのは日本人の悪い癖。あたりまえだけど、これが本物なんだ。本当にここに何百年も建っている建物なんだ。 しかも、町全体がずうっとこの調子だから、バスを降りると、おとぎ話の世界に突然放り出されたみたいだった。古い石畳は、ひとつひとつ、角がまるくなっている。馬車が通りすぎる。州庁舎のファサードは、豪華な装飾が細かくつけられ、赤い窓枠がかわいいアクセントになっている。 「お菓子の家みたい!」 相方はやっと声を発した。本当に信じられない光景だった。パリのマレ地区にある建物は石造りでグレーが基調。あの風景でも「ヨーロッパだなあ」と感動していたのに、もっと古い、ブリュージュの建物は、赤いレンガが特徴だった。パリの19世紀の世界とは全く異なる、15世紀のヨーロッパだった。 ●フルボリュームの食べ物に、思考はストップ ホテルにチェックインした。パリのホテルに比べてかなり部屋が広い。インテリアもすっきりとしたデザインで、ズボンプレッサーまで置いてある。食堂もきれいで広い。明日の朝食が楽しみだ。 とりあえず街に出て、マルクト広場を横切って、カフェに入った。小腹が減ったのでなにか食べたかった。でもパリのカフェのような、気軽なところが無い。どれもちゃんとしたレストランの形で面倒だなと思ったがとりあえず入ってみた。 4時ごろだった。軽くサンドイッチと思ったNatsuは、パテのサンドイッチを頼んだ。卵料理が欲しかったぼくはオムレットを頼んだ。 二人とも疲れていて、思考が完全にストップしていたようだ。腹いっぱいで店を出て、下見をしようと街を歩く。だが5時近くなると、店も教会も、すべて閉まってしまう。日本の寺みたいだ。なにもできず、寒かったのでデパートで帽子を買い、本屋を覗いて帰ってきた。かなり疲れた。 |
![]() お肉屋さんのショーケースまで、なんだかおしゃれ
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ついに目の前に現れたベルギー・ブリュージュ!
ベルギービールの味に心酔し、中世ヨーロッパ・フランドル絵画に圧倒される。
立ち寄った美術館で見た、驚愕の絵とは!?
長い沈黙を経て、ついに語られるその真相!

