「魂を吸いとる絵」−ブリュージュ2日目(前編)−
| たっぷり眠った翌朝、朝食を食べにホールへ。 どこかの博物館のような、高い天井。壁際に卵やベーコンやパンが並んでいる。しかし、たくさんおかずはあるとしても、コーヒーやパンの味はパリの小さな小さなホテルほうが各段によかった。 今日一日でブリュージュを堪能しようと意気込んでいた。昨日のうちに行きたいところをリストアップしておいたので、朝食後すぐ行動に移ることができる。それなのに、朝からあんな出会いをしてしまうなんて...。 まず行ったのは、メムリンク美術館。 それにオランダ文化圏の主流。フランドル絵画。ヤン−ファン−アイクとかブリューゲルなど。フランスあたりの、貴族の肖像画とは違って、民衆の生活を描いたものが多いし、画面にちりばめられたモチーフがことわざとか皮肉の意味が込められていて、謎解きのような楽しさもあるそうだ。詳しい話は知らない。でも、絵の感じが、童話の挿絵みたいな雰囲気があって、親しみやすいのは確かだ。 フランドル系の異端児がヒエロニムス・ボッシュ(ボス)。岡本太郎は「ブリューゲルよりボッシュだ!」と言ったとか言わないとか。ぼくも高校生の頃、あるロックバンドのレコードジャケットに使われていたのを見て以来、あの不思議な絵が気になって仕方がなく、「いつか実物を見てみたい!」と思っていた。思いがけなく、ブリュージュの小さな美術館で対面できたのは、とてもうれしい。 この人の絵は、天国と地獄の絵を描いたのが有名で、ぼくが最初に見たのも地獄の絵だった。遠い背景では、城壁のような廃墟を邪悪な炎が照らしている。前面では、わけのわからない動物だか人間だかが、うごめいている。動物と人間が混じった身体をもっているのもある。恐くて目をそらしたいと思いながらも、ついつい見つめてしまう。そんな怖いもの見たさに似た魅力があふれている。 ひとつひとつのモチーフがまったくよくわからなくて、この「わけのわからなさ」が好きだ。とても楽しい現代美術を観るときと同じで、ボッシュの絵を観るときは「わからなさを楽しむ」のが良い。 本当は誰よりも「わかってほしい」と思っているのに、わざとひねくれた表現方法で、皆を煙に巻くという、屈折した性格が想像できる。そんな人って、いるでしょ? 自分もそういうところがあるので、ますますボッシュに魅力を感じてしまうのだった。 この美術館の名前にもなっているメムリンクの作品(肖像画)を見ながら進み、少し広い部屋に入った。そこは大きなサイズの絵がいくつも掛けられている。その一番奥にある絵が目に入ったとたん、動けなくなってしまった。 「カンビュセスの籤」。悲惨な話。藤子F不二雄の短編漫画では、古代オリエントの戦争で、飢えた軍隊が、皆でくじ引きをし、当たりを引いた者を殺して、皆で食べたという話だった。 この美術館に掛かっている「カンビュセス(Kambyses)」というタイトルの絵は、中世ヨーロッパの町が舞台になっている。二枚組になっていて、一枚目は、街の名士らしきオジサンに向かって、役人が「あなたが当たりです」と告げている絵。町人が「さあ、行きますぞ」と早くも腕を引っ張っている。 吐き気がした。でも目をそむけることができない。あまりにも残酷な絵だ。人々はほぼ等身大。大迫力で迫ってくる。皮を剥いだところから、筋肉の繊維がきれいに見える。 それにしても、なんでわざわざこんなテーマを、こんなにリアルに表現する必要があったのか。このような風習が本当にあったのか。見る人に吐き気をもよおさせる絵が、どうして出来あがったのか。そのへんの経緯がまったくわからない。だれかご存知の方がいたら、教えていただきたいと思っている。 ちなみに、この絵、メムリンク美術館の近所の、グルーニング美術館の所蔵になる。ぼくらが旅行したときは、グルーニングが工事中だったので、こっちに飾ってあったようだ。 そのあと、なにを見たのか、あまり覚えていない。「カンビュセス」のインパクトが強すぎた。メムリンク美術館は、中世絵画のフロアと現代美術のフロアがある。でも、もはや現代美術で何を見ても、まったくインパクトが薄い。どれもつまらないガラクタに見える。シュールさとインパクトにおいて、ヒエロニムス・ボッシュの足元にも及ばない。もうちょっとがんばってほしいなあ。現代美術。 |
![]() ブリュージュのシンボル・ベルフォルト(Belfort)
|
思いがけず二枚の絵にひきつけられた二人。
肝心の旅はこのあとどうなるのか?
こんどこそ、ブリュージュの旅の全貌が明らかに。
旅はいよいよ最終章へ!

